2010年05月18日

興福寺と薬師寺

興福寺といえば、有名なのが阿修羅(あしゅら)像
法相宗の総本山でもあります。
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより
興福寺は工事中の囲いが目だち、いったい伽藍がどうなっているのかいまいちよくわかりません。
奈良公園の中に興福寺がある。といった感じになっています。
それには深~い理由があるんですね。
それは明治初期の頃、廃仏毀釈が行われ、多くの仏閣が建物を失い、土地も没収されました。
簡単にいうと、昔は神仏どちらもあまり分け隔てなく信仰されていて、神仏習合という時代もありました。
ところが、天皇制を強化して国家神道にするために、お寺が邪魔になりました。
そして神社と神社をはっきり区別し、そのために目立つ仏閣が対象になってしまったのです。
この興福寺もそれで弾圧を受けました。
その昔は、春日大社と興福寺はともに藤原家の氏神、氏寺とされ、一緒のものだったのが、明治以降完全に分けられたのです。
そういう事情で、興福寺は、興福寺国宝館で仏さまとの対話を楽しみます
なぜなら興福寺国宝館は、白鳳時代から鎌倉時代までの国宝や重要文化財クラスの仏像がたくさんいらっしゃいます。
その中でも一番人気なのが、阿修羅像なんですね。
阿修羅は「大地に恵みを与える太陽神」なんですね。
手が6本あり、お顔が3つあるそのお姿は、あまりにも印象に残るお姿です。
阿修羅は、元は”悪鬼”とされましたが、改心して仏教の守護神となったとされます。
神々の世界というのは、神話でも争いが耐えませんが、この阿修羅も、アスラ神族とデーヴァ神族の争いがあったのです。
デーヴァは現世利益を司る存在で、アスラは倫理と宇宙の法則を司り、神通力で罰を与えた存在だったそうです。
この少し悲しげなお顔をみて、そんなに激しい神だったとは到底思えません。
写真は無料で掲載できるのがないので、載せられません。ごめんちゃい。
さて、次に、薬師寺です。
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより
薬師寺も法相宗の大本山です。
薬師寺にお参りするときには、薬師寺鎮守の休ケ丘八幡宮から参拝しましょう。
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより
ちゃんと看板にも薬師寺に参拝する前に、ここで気持ちを休めてからと書かれてます
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより
神さまは八幡の神さま。
八幡宮は先ほど書いた神仏習合されていた時代に、お寺と神社が一緒に管理されてた時代にお寺とセットで鎮座することの多い神社です。
今でも神社リサーチで地図をよくみていると、お寺のすぐ横に八幡神社があることが多いです。
そういえば、私の自宅の鎮守神社もとなりにとても有名な方のお墓のあるお寺がありますね。
さて、薬師寺は、若いお坊さんが講話をしてくださるのが有名なようです。
初心者にはわかりやすい説明を面白く聞くことができます。
ここのお坊さんは話の練習をかなりしているそうです。
薬師寺はなんといっても、奈良時代の国宝、薬師三尊にお会いするのが楽しみです。
薬師三尊というのは、薬師如来さまに脇侍が日光菩薩さま、月光菩薩さまの三尊です。
薬師如来さまは、西方極楽浄土の阿弥陀如来に対して東方浄瑠璃界の主です。
その名の通り医薬を司る仏で、衆生の病気を治し、安楽を与える仏とされます。
特徴は、薬壷を持っています。(持っていない場合もあるかも知れませんが)
東塔、西塔の三重の塔も国宝です。
特に東塔は唯一残った1300年のときを重ねてきた歴史があります。
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより
西塔は昭和56年に再建され、連子窓に使われる緑色を「あお」扉や柱に使われる朱色を「丹色(にいろ)」といい、あわせて「あおによし」といって、奈良の枕詞にもなっています。
$吉祥寺発 藤尾美友のうぶすな開運だより

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