行列のできる開運研究所公式ページ

日吉大社 東本宮へお参り


東本宮なのですが、現在ご本殿修復作業をされているので、いつもとは違うお参りとなりました。

東本宮の主祭神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)


この写真は摂社の樹下宮といって、大山咋神の奥様である鴨玉依姫神さまをお祭りしています。
現在は、東本宮を修復しているため、この樹下宮に大山咋神もご一緒にお祭りされている形でした。


拝殿に東本宮の御神輿と樹下宮の御神輿が並んでいました。


東本宮にもやはり竈殿社があります


向かって左側に、亀井霊水というのがありました


水があるときには魚が泳ぐようですが、本日はお水はなかったです


ご神水が流れているところを見つけていってみると、大物忌神社から来ているとのこと。
たどってみることにしました。


こちらは樹下若宮


そして新物忌神社

ん?聞いたことがないお名前です。ご祭神は天知迦流水姫神(アマチカルミズヒメ)となっています。
神話では大年神と天知迦流水姫神の御子が大山咋神なのでお母様ということですね。


そしてこちらが大物忌神社 ご祭神は大年神 大山咋神のお父様ですね。

東本宮は大山咋神ファミリーがずらっとお祭りされているのでした。


日吉雄梛(ひよしおなぎ)

女性が男性の幸せを祈る木で夫婦和合の象徴の木だそうです。

もう1本、日吉雌梛(ひよしめなぎ)もあって、そちらは逆に男性が女性の幸せを祈る木です。
そちらはご本殿工事中の場所だったので写真は撮りませんでした。

仲良しファミリーが鎮座するお社なので、やはり夫婦和合とか縁結びとか願いたくはなりますね。

さて、西本宮は大物主神、東本宮は大山咋神が中心となりお祭りされていますが、両神の違いは?
という難しい疑問があるのですが・・・

簡単に書くと、比叡山は山岳信仰の盛んになった霊山で、唐から帰国した最澄は、比叡山延暦寺を開山するときに、延暦寺の鎮守神として山王権現を祀ったのです。

このあたりは、高野山を開いた空海も同じで、まず地主神である山の神に鎮守をお願いし(それが丹生都比売神社)、神様の許可をもらってから開山し、日々の巡礼の際にも、まず一番に地主社を参拝してから、順番にお堂を回って読教してまわるのです。

そのあたりが、最澄や空海がちゃんと神仏の順番をわかっていらっしゃった方々だなと感服致します。

そして話を比叡山に戻して、山王権現が大山咋神というお名前でお祭りされるようになり、その後、奈良の大神神社から、大物主神を勧請して西本宮にお祭りし、そちらを大比叡、東本宮を小比叡という風に呼ばれていたそうです。

なぜ後から来た大物主神が大比叡だったのかはわかりませんが、それくらい大神神社の大物主神が特別視されていたのかも知れません。

大昔の道教、神道、仏教が入り混じった時代のことは、謎も多いし、文献も残っていなかったりするので本当のところはわからないことが多いのです。

なにが正しいかを追求するより、どう感じるか、を大切にして頂きながら、神仏に喜んで頂けるような参拝を続けることが私の目標です。

実際のところ、出来ているか出来ていないかもわかりませんが、ご無礼なことをしていたら申し訳ありません。という気持ちも持ちながら、自分がされたらいやだと思うことはしない。
逆に自分がされたら嬉しいと思うことを、神仏にさせていただく。

ということが私がオススメする、神仏を味方につけるお付き合いの始まりじゃないかと思います。

もしご自身の産土神社や鎮守神社のご祭神に、大山祇神や大物主神、大山咋神のお名前がある方は、この日吉大社が総本宮になりますので、空亡(天中殺)に入る前から空亡中にはぜひお参りしてください。

さて日吉大社のお参りはまだ続きます。あと1回で終わります。

モバイルバージョンを終了