【全6回】奥の院にも参るディープ四国八十八ヶ所巡礼(3日間)


今年も四国八十八箇所巡礼のツアーを企画いたしました。

四国八十八箇所巡礼、お遍路さんとも言いますが、聞いたことはありますか?
弘法大師(空海)が、青年期に絶望の四国遍路をされたそうです。
言い伝えでは、42歳のとき、八十八の霊場を整えたとされますが、八十八というのは人間の煩悩の数であり
四国を巡礼して修行することにより、残りの二十の行動の煩悩も合わせて百八の煩悩を滅すると言われています。

お遍路をされる目的や理由は人によって様々です。

歩き遍路ですべての行程を歩かれる方もいらっしゃれば、私たちのように車を使ってお参りするクルマ遍路。
バスツアーに参加するバス遍路など、いろんな形があります。

またお参りの方法も、1番から順番に88番まで参る順打ち
88番から1番へ逆に参る、逆打ち(うるう年だけ)
すべての霊場を一遍に打ち上げる「通し打ち」
区間を区切って打つのを「区切り打ち」
一つの県を一国として回るのを「一国打ち」

などいろんな参り方があります。

私のツアーでは、遠方の方が多いので2泊3日ずつ6回コースにして、八十八箇所プラス奥の院や別格二十霊場の一部
四国の一の宮神社にも参る、スペシャルツアーです。

先達は真言宗僧侶の私、藤尾優覚がご案内します。
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昨年初めてうるう年限定の逆打ち(88番から1番に回る)のツアーを先達としてお参りしました。
そのツアーで得た数々の経験で、この奥の院は連れて行ってあげたい。でも時間がどうしても足りない。

などということもあったので、今年は全6回コースでツアーを組み、しかも毎月ではなく、少し間をあけながら
1年かけて満願するスケジュールにしてみました。

そうすると、会社のお休みも取りやすかったり、費用の準備も負担が減るのではと考えました。

3月スタートで、6回に分けて、2泊3日と最終回は高野山の御礼参りも入れて88箇所を巡礼するツアーします。
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少人数で回るので時間もかからず、その分、四国の一の宮まいりや、お勧めしたい奥の院も入れた、
とてもスペシャルづくしのツアーです。


カラー白衣を全員買って記念撮影!

高野山での結縁灌頂ではどこにお
花が落ちても「大日如来」様となるのですが、
今回お連れするお寺での結縁灌頂は、自分でお花を落とした場所によって
守護の仏様が決定する結縁灌頂に参加できます。
藤尾は虚空蔵菩薩さまでした。⇨ブログがあります。

このツアーで、すべてお軸も納経帳も白衣への納経も完成できます。
みなさんがお参りしている間に、スタッフが走って納経所へ行って、代行で頂いてきます。

関東から来られることも想定して、集合場所は、四国のいずれか空港となります。
関西から参加されたい方は待ち合わせ場所を相談させて頂きますのでお問い合わせください。

ツアーの様子を書いたブログがあります。

ゴレンジャーが山を登ります

ご利益頂いた目なおしのお薬師様

ご褒美に期間限定のところてん

絶景のお大師さまでカメラの才能発揮

茶屋でお団子金運上がる観光も

12月逆打ちツアーの様子1日め

12月逆打ちツアーの様子2日め

12月逆打ちツアーの様子3日め

日程


第1回   ご相談
第2回   ご相談
第3回   ご相談
第4回   ご相談
第5回   ご相談
第6回   平成30年1月13日(土)〜15日(月)

定員

6名

最少催行定員:4名

ツアー料金

1回 65,000円(税別)
全回一括割引:400,000円(税込)

*2泊4食、現地でかかる交通費(車、ロープウェイ、ケーブルカー)が含まれます。
集合場所までの交通費、
昼食代、特別祈願料(ご本尊御開帳や結縁灌頂)は含まれません。

行程(まだ変更あります)

 

第1回 
 1日め 
徳島空港集合(9:00)-車-阿波国一の宮大麻比古神社–(1)–霊山寺《発願》–ランチ–(2)極楽寺–(3)金泉寺–(4)大日寺–(5)地蔵寺–(6)安楽寺–徳島【泊】
宿泊 : 土柱ランド新温泉
2日め 
宿-車–(7)十楽寺–(8)熊谷寺–(9)法輪寺–(10)切幡寺–ランチ–(11)藤井寺–(12)焼山寺–(番外)杖杉庵–徳島【泊】
宿泊 : ホテル四季の里
3日め 
宿–車–(別格)慈眼寺(穴禅定)–ランチ–(13)大日寺–(14)常楽寺–(15)國分寺–(16)観音寺–徳島空港解散–
第2回 
1日め 
徳島空港集合(9:00)–車(17)井戸寺–(18)恩山寺–(19)立江寺–(20)鶴林寺–(ロープウェイ利用)-ロープウェイ徳島【泊】
宿泊 : 月ヶ瀬温泉月の宿
2日め 
徳島-車(21)太龍寺–<へんろ道30分>奥の院舎心ヶ嶽–車-(22)平等寺–ランチ–(24)最御崎寺–(25)津照寺–(26)金剛頂寺–宿【深層海洋水露天風呂】
宿泊 : ホテル明星
夕食はジオパーク夢路灯へ
3日め 
宿-車-(27)神峯寺–(28)大日寺–ランチ–(29)國分寺–土佐国一の宮土佐神社–(30)善楽寺–桂浜観光–高知空港解散
第3回
1日め 
高知空港集合(9:15)-車-(31)竹林寺–(32)禅師峰寺–ランチ–(33)雪蹊寺–(34)種間寺–(35)清滝寺–(36)青龍寺–<へんろ道10分>–青龍寺奥の院–高知温泉【泊】
宿泊:  三萃園
2日め 
宿-車–(37)岩本寺–奥の院矢負いの地蔵–ランチ–(38)金剛福寺–《本尊御開帳参拝》–足摺岬(岬めぐり)–白山洞門–ジョン万次郎足湯–あしずり温泉郷【泊】
宿泊:  足摺テルメ
3日め 
あしずり温泉郷-車–(39)延光寺–(40)観自在寺–ランチ–(41)龍光寺–(42)仏木寺–(43)明石寺–別格十夜ヶ橋–松山空港解散
第4回 
1日め 
松山集合(9:15)–(44)大寶寺–(45)岩屋寺–<へんろ道40分>奥の院逼割禅定–(46)浄瑠璃寺–(47)八坂寺–高知【泊】
宿泊 : 未定
2日め 
高知-車–(48)西林寺–奥の院杖の淵–(49)浄土寺–(50)繁多寺–ランチ–(51)石手寺–(52)太山寺–(53)円明寺–宿【泊】
宿泊 : 料理旅館茶梅
3日め 
宿–車–伊予国一の宮大山祗神社–(54)延命寺–(55)南光坊–(56)泰山寺–(57)栄福寺–(58)仙遊寺–ランチ–(59)国分寺–(60)横峰寺–<へんろ道30分>–奥の院星が森–(61)香園寺–奥の院白瀧–松山空港解散
第5回 
1日め 
松山空港集合(9:15)-車–(62)宝寿寺–(63)吉祥寺–石鎚神社–(64)前神寺–ランチ–(65)三角寺–車(ロープウェイ利用)–(66)雲辺寺–【泊】
宿泊 : 未定
2日め 
宿-車–(67)大興寺–(68)神恵院–(69)観音寺–銭形砂絵観光–(70)本山寺–(71)弥谷寺–ランチ–(72)曼荼羅寺–(73)出釈迦寺–<へんろ道40分>奥の院捨身ヶ嶽–【お勤め参列/宿坊/泊】
宿泊 : 未定
3日め 
宿-車–(74)甲山寺–(75)善通寺–(76)金倉寺–(77)道隆寺–ランチ–(78)郷照寺–(79)天皇寺–奥の院瑠璃光寺–(80)國分寺–(81)白峯寺–徳島空港解散
第6回 
1日め 1月13日(土)
徳島空港集合(9:00)-車–(82)根香寺–讃岐国一の宮田村神社–(83)一の宮–ランチ–(84)屋島寺–車(ケーブルカー利用)–(85)八栗寺-【お勤め参列/宿坊/泊】
宿泊 : 安楽寺宿坊
2日め 1月14日(日)
宿坊–安楽寺結縁灌頂–車–(86)志度寺–(87)長尾寺–(88)大窪寺(満願)–<へんろ道20分>奥の院退蔵峯寺–(1)霊山寺(御礼参り)–【泊】
宿泊 : 未定
3日め 1月13日(月)
宿-車–丹生都比売神社–ランチ幸村庵–高野山金剛峰寺–高野山奥の院(御礼参り)–関西空港解散

集合場所までの交通機関はツアー料金に含まれません。ご自身で手配願います。
実際に手配する前に航空時間をご確認ください。
また、宿や行程は変更することもあります。ご了承願います。

お遍路に必要な道具

最初にお参りする1番大窪寺の札所売店にて、購入可能です。(時間を取ってあります)

ひらめき電球必要なもの
🔷納め札
白札200枚105円〜
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1冊は事前にプレゼントしますので、名前と住所と年齢と願意を書いてお持ちください。

🔷仏前勤行次第 324円〜
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こちらの経本はお持ちでない方には1冊プレゼントします

🔷ろうそく、お線香、ライター

🔷バッグ(山谷袋)
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ご自身でお持ちの肩掛けバッグで良いですよ

🔷輪袈裟 1,260円〜3,000円
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綾や金襴で作られる略式の袈裟。礼拝の正装具として白衣の上から首にかける

🔷納経帳 2,160円〜
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🔷数珠 2,100円〜
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とりあえずは手持ちのお数珠でいいと思います。
欲しい数珠が売店であった時に購入すれば良いです。

ひらめき電球あればいいもの

🔷お写経
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1つのお寺でご本堂と大師堂の2か所ずつ納めます。
毎回ツアーまでに写経をお持ちする事をお勧めします。
遍路参りで奇跡のような開運をされた方は、写経を納められている方が多いです。

🔷納経軸 18,360円〜40,000円以上
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お軸に御朱印を頂きたい方は、納経軸が初回から必要となりますが、高い買い物なので事前にネットで購入されることをオススメします。
わからなければ買う前に藤尾に相談してください。
88番売店でも購入できます(種類がそんなにないかも)
全部納経してもらった後は、専門業者さんに表装して完成です。(3万〜何十万まで色々)
参考までに藤尾の納経軸
2016-02-19 11.17.34

🔷白衣 1,944円〜
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背中に「南無大師遍照金剛 同行二人」と書かれています。
袖なしがオススメ
字の色がカラフルなものもあります(77番の売店が種類が多く購入できます)
ネットで手配も出来ます。お問い合わせください。

お参り中に着る白衣と、納経して頂く判衣(白衣)があります。
納経して頂いた白衣は、死に装束として亡くなった方に着せてあげると、極楽浄土に行けると言われています。
ただし1人につき1枚しか頂けません。

🔷金剛杖 630円〜
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🔷金剛杖袋 324円〜
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飛行機に乗るなら邪魔になるので、いらないと思います

納経料金

今は納経所が厳しくなり、一人につき納経帳1冊、納経軸1本、判衣(白衣)1枚と決まっています。
納経軸 500円
納経帳 300円
判衣    200円
となります。

御影

納経すると1枚ずつ頂けます。
例えば、納経帳と納経軸をすると2枚頂けます。

御影帳というのがあるので、それに集めてもいいですし、
御影を表装にする方もいらっしゃいます。

弘法大師と衛門三郎の伝説

昔、弘法大師が巡錫の折、伊予の国上浮穴郡荏原(現在の愛媛県松山市恵原町へ立ち寄られた時、1人の童子が弘法大師の前に現れ、
「ここに罪深い人が住んでおります。改心させて来世の鑑(先達)にしてはいかがですか」
と告げると何処となく去って行きました。
すると豪雨になり、弘法大師は徳盛寺に宿を請われました。
弘法大師が本堂でお経を唱えておりますと、文殊菩薩さまが現れました。
先程の童子は文殊菩薩さまの化身で、私を導き教えを下さったと弘法大師は悟られました。
その後、徳盛寺を文殊院と呼ぶようになりました。

この村には、衛門三郎という強欲な長者が住んでおりました。

弘法大師は、衛門三郎の門前で托鉢の修行を、数回、7日間行いましたが欲深い衛門三郎は、追い帰しました。
そしてある時、衛門三郎が竹箒で弘法大師をたたくと、弘法大師が手に持っていました鉄鉢に当たって八つに割れてしまいました。
すると、八つの欠片は光明を放ちながら南の空に飛んでいき、南の山々の中腹から雲が湧き出てきました。
弘法大師は不思議に思い、山に登ってみますと、八つの窪みが出来ておりました。
三鈷でご祈念すると、1番目の窪みからは風が吹き、2番目、3番目のくぼみから水が湧き出て来ました。
この水は八降山八窪弘法大師御加持水として涸れることなく、いまも文珠院の山中に湧いています。

衛門三郎には、男の子5人と女の子3人おりましたが、弘法大師をたたいた翌日、長男が熱を出して病気になり、亡くなってしまいました。
その後も、八日の間に8人の子供達が次々と亡くなってしまいました。
衛門三郎は毎日毎日泣き暮らしておりました。

弘法大師は罪の無い子供達を不憫に思い、山の麓に行き手に持っております錫杖で土を跳ねますと、その夜、土が大空高く飛んで行き、お墓の上に積み重なっていきました。(このお墓が八塚と呼ばれ、今も文殊院の境外地に松山市の文化財に指定され残っています。)
そして、衛門三郎8人の子供菩提供養の為に、延命子育地蔵菩薩さまと自分の姿を刻み供養をしました。
又、法華経一字一石を写され、5番目の子供の塚に埋め、子供の供養を行なって文殊院を後に旅立ちました。

旅の僧を弘法大師と知り、前非を悔いた衛門三郎は子供のお位牌の前で、奥さんに、
「お大師さまに会って罪を許していただくまでは家には帰って来ません」
と別れの水盃をいたしました。
白衣に身を包み、手には手っ甲、足には脚絆、頭には魔除けの笠をかぶり、右の手に金剛杖を持って我が家を後に旅立ちました。
この姿が、お遍路さんの姿の始まりといわれています。
衛門三郎は、文殊院に弘法大師を訪ねましたが、旅立ったあとでした。
紙に自分の住所、氏名、年月日を書き、弘法大師がこの札を見ると衛門三郎がお参りした事がわかりますようにと、お札をお堂に張りました。
(このお札を「せば札」といい、現在のお納札のもとといわれています)

やがて、8年の歳月がたちました。
その間、衛門三郎は四国寺院を20回巡りましたが、弘法大師には巡り会えませんでした。
832年(閏年)、徳島の切幡寺から逆に巡るとお大師さまに会えると思い逆回り(逆打)を始めました。
しかし、阿波の国(徳島県)の焼山寺の麓へ差し掛かると足腰立たず、衛門三郎は倒れてしまいました。
すると、死を目前にした衛門三郎の前に弘法大師が姿を現し、
「よくここまで歩んで来ましたね、今までの罪はもう無くなっています。しかし、貴殿の生命はもう尽きようとしています。何か願い事が有るならば1つだけ、叶えてあげましょう」
と言われました。
衛門三郎は
「できる事でしたら、故郷伊予の国主河野さまの嫡男に生まれ変わらして下さい」
とたのみました。
弘法大師が、小石に「衛門三郎再来」と書き手に握らせますと、衛門三郎は亡くなりました。

弘法大師は、衛門三郎が持っていました金剛杖をお墓の上に逆に立て供養しました。
後に、この杖から芽が出てきて大きな杉の木になりました。
(現在杖杉庵に2代目の杉の木が生えています)
また弘法大師は、文殊院に衛門三郎のお位牌を持って来られ、子供のお位牌と一緒に本堂で衛門三郎家の悪い先祖の因縁を切るために、因縁切りの法を権修しました。

その後、伊予の領主・河野伊予守左右衛門介越智息利に玉のような男の子(息方君)が誕生しましたが、その子の片手が開きません。
若君3歳の春の事、桜の花見の席で南(文殊院)に向かって両手を合せ、南無大師遍照金剛とさんべんお唱えになりました。
すると、手がぱっと開き、その手の中から小さな玉の石が出て来ました。
家臣が拾って見ますと、「衛門三郎再来」と書かれていました。
その石を安養寺へ持って行って納めました。以来、安養寺を石手寺と改めました。

若君は、衛門三郎の話を聞き、民、百姓に喜ばれる政(まつりごと)をしました。

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